【医学部学士編入】制度の歴史と背景を追う

こんにちは。なぐーです。

今回は、医学部学士編入制度の対策を語る前提として重要な、制度そのものについてお伝えします。
一度の記事では書き切れませんので、本記事では「医学部学士編入制度の歴史と背景」について調べて考察したことをまとめてみました。

目次

医学部学士編入学制度とは?

制度の概要

医学部学士編入制度とは、学士号を持った者(つまり、4年制以上の大学を一度卒業した者)を医学部の2年次または3年次に編入させる制度です。

短期大学や高等専門学校を卒業した後に大学に編入する、または4年制課程の大学を在学中に、他の大学の3年次等に編入することも「編入学」ですが、これらは「一般編入学」と呼ばれ、学士編入とは明確に区別されるものです。

一般編入学を経験した場合には、4年制課程を卒業して得られる「学士号」は基本的に1つのみです。A大学の経済学部からB大学の法学部に編入した場合、A大学は退学することになるからです。しかし、学士編入学生が医学部を卒業した際には、一部の大学を除き、前の大学と医学部に所属した大学の2つの学士号が授与されることになります。

私の場合、無事に卒業できれば学士(薬学)と学士(医学)の2つを取得できる訳ですね、卒業できれば。

なお、現在医学部を設置する81の大学(防衛大学校を除く)のうち、30の大学がこの制度を導入しています(2021年7月現在)。
この数の推移に関しては、この記事の途中で詳しくお伝えします。

再受験との違い

大学を卒業した者が医学部に入り直す方法としては、高校3年生と同じ一般入試を受ける方法、いわゆる「再受験」が一般的ですが、この学士編入学制度はその趣旨も方法も異なる制度です。再受験との違いは別の記事で詳しく触れたいと思いますが、以下のような特徴や傾向があります。

  • 試験倍率が高い
  • 筆記試験範囲は高校内容〜大学教養レベル
  • 一般入試よりも面接試験の得点配分が大きく、今までのキャリアや研究内容が評価される
  • 大学ごとに実施時期が異なり、日程が重複しなければ何校でも受験できる

したがって、一口に大学を卒業した方、と言っても再受験と学士編入には向き不向きがあると言わざるを得ず、どちらを選択するかが成功の鍵であると考えられます。

私も受験を決意した当初、どちらを選ぶべきか悩みました…。

どちらの受験制度を利用するべきか、に関しては別の記事でお伝えするとして、これを正しく判断するためにはそもそもこの制度がどのような社会的要請の下に誕生し、どのような学生を求めているのかを把握しておく必要があります。

ここからは、医学部学士編入制度の歴史と変遷について見ていきましょう。

制度の歴史と変遷

制度の始まり

医学部学士編入学制度の歴史は約50年前に遡ります。1975年に大阪大学で開始され、当時は医学部の6年制過程の3年次に編入させる制度でした(当時の募集定員は20名)。

設立当初の目的は以下のようなものでした。

医学とその他の関連領域の融合を図るとともに将来広い視野をもった医学研究者や教育者および臨床医を育成すること

『大阪大学医学部学士編入学制度30年 の総括』, 医学教育2005,36(4):259~264

つまり、他分野の専門性を持った人材を医学部に編入させることで、その分野と医学との融合反応を期待し、医学の発展(主に研究)を狙ったものであると考えられるでしょう。

なお、先日実施されたばかりの令和4年度の大阪大学医学部学士編入学試験の募集要項の「学士編入学制度の趣旨」には以下のように記載されています。

近年の医学・医療の進歩と細分化によって、医学は従来の境界を取り去り、広く関連分野の学問領域と融合しつつあります。医学が密接に連携しなければならない分野は、生命科学のみならず社会科学にまで及んでいます。
本制度は、これらの学問的要請に呼応して、医学以外の分野(特に理工学系並びに社会科学系)を既に専攻した者、並びにその分野について相当の知識を有する者に医学の今後の進歩に寄与し得る道を開き、あわせて医学とその他の関連学問分野との融合を図り、将来広い視野をもった人材を育成しようとするものです。

令和4年度 大阪大学医学部学士編入学試験 学生募集要項
https://www.med.osaka-u.ac.jp/admission/admission

時代は50年近く経過したものの、他分野の研究と医学分野の研究の相乗作用によって医学を発展させたい、という趣旨は変わらないようです。

制度誕生の背景は?

制度創設の真意は想像することしかできませんが、その背景には医学部の閉鎖性・高い同質性が関係しているという声があります。

「医学部は閉鎖的な村社会である」という話はよく聞くものです。1学年100人程度で6年間変わることはなく、キャンパスは他の学部から隔絶されていることが多く、さらに部活などの課外活動でも「医学部XX部」などのように同じメンバーと付き合うことになります。

全学のキャンパスは都市部にあるのに、医学部のキャンパスは郊外に孤立して存在している、というのはよくある話です…

このようなコミュニティとしての閉鎖性だけでなく、医学教育はどうしても「先達に基礎を習うこと」が最重要視され、例外を作ることを是としない嫌いがあるのではないかと考えられています。

これは必ずしも悪い意味ではありません。医師は人の命を扱う職業であり、医学には先人が築き上げてきた「標準治療」が存在します。この標準治療からむやみに例外を作り逸脱することは大変危険であり、患者の命を危機に晒すことに繋がります。患者の安全を第一に考えた時には、まずは同質性の担保された医学生を育てることが要請されます

また、医学は日進月歩であり、一生かけても勉強しきることができないような知識が積み重ねられています。したがって、長く医業に携わっている年上の医師の方が、年数に比例して深い知識や多くの経験を積んでおり、追いつくのは容易なことではありません。

したがって、積極的に例外を作るのではなく、形成された同質な人間関係の中で、上下関係を重視しながら知識や経験を後の世代に受け継いでいく、この傾向が他の業種と比べて強いのではないでしょうか。そしてが「閉鎖的である」と揶揄される所以であるのかもしれません。

偶然か否かは不明ですが、学士編入試験創設のちょうど10年前、1965年には山崎豊子氏によって『白い巨塔』が執筆されており、医局制度の閉鎖性について鋭く切り込まれています。

実施に、現役の医師の先生からも、「医学部は良くも悪くも閉鎖的である」ということを伺います。
私はまだ入学したばかりなので実感はありませんが、私が6年間薬学教育を受けてきた薬学部にもそのような傾向が全くないとは言えないと思います。

閉鎖的な環境だけでは、臨床や研究における価値の創造には難しいのかもしれない、と考えられた可能性は大いにあります。新しい価値というのは、同質性の高い閉鎖的な環境ではなく、異なる価値観が摩擦するところにこそ生まれうるからです。

当時は経済成長が停滞し、国から科学技術に十分な投資がされていたとは時代です。医学においても摩擦を起こすための「起爆剤」が必要であると判断され、それが「医学部学士編入学制度」として誕生したのではないかと推察しています。

考えすぎかもしれませんが…笑

国による推進・他の大学の参入

大阪大学の次に学士編入制度を開始した大学は神奈川県の東海大学で、1988年のことです。東海大学は、「他分野の技術や知識、そして医師になりたいという強い信念を持つ者」を対象に20名の募集定員を設けて開始し、2004年には40名の枠に拡大するなど、広い門戸で学士編入生を受け入れました(現在は15名となっています)。

医学部
ページが見つかりませんでした | 医学部 | 東海大学 - Tokai University

ここに他の大学が参入したのは、1999〜2000年に文部科学省より通達が出された「メディカルスクール構想」がきっかけと言われています。

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日本の医学部は高校卒業者が大学受験を経て直接入学する場合がほとんどですが、欧米で医師になるためには一度他の学部で学士号を取得した上で、Medical Schoolと呼ばれる専門職大学院でさらに4年間学ぶ必要があります。これは「医学だけでなく広い分野の教養を持ち合わせた者しか医師になるべきではない」という考えの表れと言われます。

先述の文部科学省の通達は、この制度を日本でも少しずつ導入するべきで、他分野を修めた経験や社会人経験を持つものを医学部に入学させよというものだったのです。

これに呼応したのが学士編入学制度であり、2000年ごろから群馬大学、島根医科大学(現在の島根大学)などが参入し、1990年代前半に2校であった大学も、2000年には9大学、2005年には35大学、2010年には36大学240名程度の制度にまで発展しました。

図1. 医学部学士編入学制度の導入大学と募集定員の推移(著者作成)

当時の受験を経験された医師の方によると、特に2000年代中頃では受験倍率がおよそ70倍にも達するなど、少ない枠に対して熾烈な受験競争が行われていたようです。

例えば群馬大学の倍率が150倍を超えた年もあったようで、現在からはとても考えられません…

制度の停滞

このように一時期は熾烈を極めた医学部学士編入制度ですが、先ほどの図1を見てもわかるように、現在実施大学数や総募集定員数は横ばい、または漸減傾向となっています。

特に2015年以降、千葉大学、愛知医科大学、杏林大学などが学士編入制度を停止し、2022年度入試からは新潟大学も制度を停止することを発表しています。

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この募集停止の理由は一切発表されていませんが、2008年以降、多くの学士編入学の編入年次が3年次から2年次へと変更されていることとは関連があると推察されます。

学士編入年制度の導入当初は、多くの大学が3年次編入としていました。通常、医学部の専門課程は2年次から開始されますので、一般入試で入学した学生が通常5年以上かけて学習する内容を、学士編入生は4年で修得しなければなりません。

しかし、医療の発展に伴ってカリキュラムの密度は増し、4年間で全ての内容を学ぶことが困難になり、編入年次を下げることを余儀なくされているのだと思います。2021年7月現在、全ての学士に対して門戸が開かれている3年次学士編入制度は存在していません

現在、島根大学が唯一の3年次学士編入の実施大学となっていますが、薬剤師・歯科医師・獣医師の資格を有していること(見込み含む)が条件となっています。

2年次編入となり、一般入学の学生とカリキュラムがほとんど変わらないとなれば、大学としては学士編入学制度をわざわざ用意する意義も薄れてしまうと考えられます。

また、「大学が望む人材を確保できていない」との噂もありますが、この辺りの「学士編入の評価」に関しては、別の記事で取り扱う予定です。

現役の学士編入生には耳が痛いです…

いずれにせよ、現在医学部学士編入学制度は拡大傾向とは言いがたく、制度の再評価や見直しが検討され、岐路に立っている段階だと言えるでしょう。

まとめ

今回の記事では、医学部学士編入学制度の歴史について概要をまとめてきました。

・学士編入学制度は1975年に大阪大学で開始された。
・当初の制度の趣旨は「医学以外の研究者に医学教育を施し、多分野融合によって医学を発展させること」。
・2000年前半にその人気はピークを迎え、36大学で250名以上の定員となった。
・2010年以降はその定員は漸減傾向で、編入年次の繰り下げ等に伴い、制度の再評価が必要。

本当は現在のアドミッションポリシーや学士編入制度への評価についてもまとめる予定だったのですが、1記事が長大になりすぎると読むのが大変ですので、これらの話は別の記事でお伝えしようと思います。

ご意見・ご感想などもお待ちしております!

参考

『大阪大学医学部学士編入学制度30年の総括』, 医学教育2005,36(4):259~264
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan1970/36/4/36_4_259/_pdf/-char/ja

『学士編入者の自己評価と貢献への意志を問う―北海道大学医学部学士編入者に対する,自己評価と制度の将来についての質問紙調査―』, 医学教育 2010, 41(4):281~286
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/41/4/41_4_281/_pdf/-char/ja

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